ベリリウムのヒトへの影響

ベリリウムのヒトへの影響
国立医薬品食品衛生研究所
National Institute of Health Sciences

 環境保健クライテリア106
Environmental Health Criteria 106

ベリリウム Beryllium
(原著210頁,1990年発行)

作成日: 1997年2月17日

【 国立医薬品食品衛生研究所からの出展です。】
8項以下はヒトへの影響部分の抜粋です。

a 物質の同定

元素記号            Be
原子番号            4
原子量              9.01
CAS登録番号         7440-41-7
CAS化学名           Beryllium

b 物理的・化学的特性

沸点(5mmHg)       2970℃
融点                1278±5℃
比重(20℃)        1.85
結晶形              α六方最密構造,β体心立方構造
水溶解性(冷水)    溶けない

(温水)    わずかに溶ける

溶解性              薄い酸およびアルカリに溶ける

8.ヒトへの影響

毒性学に関連を有するベリリウム暴露のほとんどは作業場に限られている。ベリリウム・プラントに対する進歩した排出物制御および衛生的手法の導入前には、いくつかの慢性ベリリウム疾患の身近な事例が報告されている。1966年までに米国においては総計60件が報告されており、その一部は作業者の衣服類への接触(「準職業的の」暴露)、あるいはベリリウム・プラントの周辺の空気暴露に関連している。近年においては、このような事例は報告されていない。

 最近では、ベリリウム含有の歯科補綴材料により起こったと考えられる数件のアレルギー性接触口内炎が報告されている。

1930年および1940年代には、数百件の急性ベリリウム症が発生し、特にドイツ、イタリア、米国、旧ソ連のベリリウム抽出プラントの作業員に多発した。

溶解性ベリリウム塩類の吸入、特にフッ化物および硫酸塩において、ベリリウム100μg/m3以上の濃度においてはほとんどすべての作業者に一貫して急性症状を発生させた。一15μg/m3以下(旧式の分析方法による測定)の濃度においては、症例は報告されていない。

1950年代初期に最高暴露濃度の25μg/m3が適用され、急性ベリリウム疾患の症例は大幅に減少した。

急性ベリリウム疾患の徴候と症状は、鼻腔粘膜と咽頭の軽度の炎症から気管-気管支炎と激症の化学物質誘発性の肺炎の範囲にまで及んでいる。重症例では、患者は急性肺炎で死亡したが、ほとんどの場合には暴露中止後1~4週間以内に完全に回復する。少数の症例では、急性症状から回復して数年後に慢性ベリリウム症を発現した。

 溶解性ベリリウム化合物類への直接接触は接触性皮膚炎及び結膜炎を発生させる。感作された個人では、はるかに速やかに、そしてより少量のベリリウムに反応するであろう。皮内あるいは皮下への溶解性あるいは不溶性のベリリウム化合物類の導入は、慢性潰瘍を形成し、数年後において肉芽腫がしばしば出現する。

慢性のベリリウム疾患は急性タイプとは異なり、数週間から20年以上の潜伏期間を有し、症状は長期間にわたり進行性で重篤なものとなる。米国ベリリウム症例登録制度(ベリリウム疾患の報告例の中央ファイルで、1952年に設立された)には1983年までに888件の症例が登録された。そのうち622件が慢性と分類され、その中の557件は職業的暴露により発生し、主として蛍光灯工場(319件)あるいはベリリウム抽出プラント(101件)内で起こった。1949年に蛍光灯の蛍光体にベリリウム亜鉛ケイ酸塩およびベリリウム酸化物の使用が中止され、職業的暴露の限界(時間荷重平均、ベリリウム2μg/m3)が適用された後には、慢性ベリリウム疾患の症例は劇的な減少を見せたが、2μg/m3程度の気中濃度への暴露から発生した新しい症例が記録されている。

ベリリウム肺症(berylliosis)は典型的な塵肺症(pneumoconiosis)とは異なるため、「慢性ベリリウム症」(chronic beryllium disease)という用語の方が好んで用いられる。運動による呼吸困難・咳・胸痛・体重減少・疲労・全身衰弱は最も典型的な特徴であり、心機能不全を伴う右心房の拡張・肝腫・脾腫・チアノーゼ・湾曲指も起こるであろう。血清タンパクおよび肝機能の変化・腎臓結石・骨硬化症も慢性ベリリウム症に関連して見出される。慢性ベリリウム症の進展は一様ではなく、ある症例では数週間あるいは数年にわたる軽快状態となり、その後悪性化した。大多数の症例では、心臓あるいは呼吸機能不全による死亡リスクの増加を伴う進行性の肺疾患が認められる。報告されたベリリウム作業者の有病率は0.3~7.5%の範囲を変動している。

慢性ベリリウム症を有する患者の死亡率は37%である。

慢性ベリリウム症の肺は、肉眼的には、広範囲に散在した小結節と、間質性の線維症を伴う広汎性の病変を示す。顕微鏡的には、通常は類肉腫様の肉芽腫(訳者注:サルコイドーシスともいい、原因不明の類肉腫性病変)あるいは結核のような他の肉芽腫との鑑別不能の、間質の炎症の量的変化を有する類肉腫様の肉芽腫が認められる。

生物学的試料中においてベリリウムによる疾患の存在を立証できないとしても、職歴の聴取と生体組織分析は、ベリリウム症診断の貴重な基礎として有用である。この場合、パッチ・テスト(皮膚貼付試験)はあまり信頼できず、それ自身が高い感作性を有するため推奨できない。診断上で最も有用なのは、マクロファージ移動阻害分析およびリンパ球幼若化試験である。

過敏性を測定するこれらの方法は、慢性ベリリウム症の根底に存在すると考えられる免疫メカニズムと遅発性の皮膚および肉芽腫の過敏性に基づくものである。

慢性ベリリウム症における潜伏期間の大きな差および量-反応関係が認められない点は、免疫学的感作により説明されるであろう。妊娠は「ストレス要因」を促進するように見え、米国ベリリウム症登録制度における死亡例の95名の女性の66%は妊婦であった。

ベリリウム疾患を有する患者に対する暴露源には、ベリリウム金属合金製造・機械加工・セラミックの製造と研究・エネルギー生産が含まれる。現在の職業的暴露基準では、感作された個人における慢性ベリリウム疾患の発症は防止できないであろう。

いくつかの疫学研究においては、ベリリウムの発がん性について、米国の二か所のベリリウム生産設備の従業員と、これらの工場と他の職業からの人々のベリリウム関連の肺症状登録の臨床例を対象として検討された。これらの研究結果は、対象者選定の基礎におけるバイアス(偏り)、喫煙による撹乱影響(confounding)、1965~67年の死亡率が1968~75年の死亡率の予測に用いられたことによる肺がん死亡予測数の過小評価などの点から疑問視されている。

前記の最初の二つの問題は肺がんリスクの増加に大きな役割を果してはいないようであるが、この研究で示されたデータは肺がん死亡例の「訂正」(adjusted)予測数に基づいている。すべての研究において、肺がんリスクの有意の上昇が認められている。

9.ヒトの健康リスクの評価および環境への影響

9.1 ヒトの健康リスク

ベリリウム工業における制御方法が適切であれば、今日の一般集団の暴露は、化石燃料の燃焼による低レベルの大気中ベリリウムに限られている。ベリリム含有量が異常に高い石炭の燃焼という例外的な場合には、健康問題が生じよう。

 歯科補綴材料へのベリリウムの使用は、ベリリウムの高い感作性のため再検討すべきである。

※1.日本国内で歯科用金属にベリリウムの使用は既に禁止されています。
【公益社団法人北海道歯科技工士会】

 鼻咽頭炎・気管支炎・劇症の化学物質誘発性の肺炎を生じさせる急性ベリリウム症の症例は大幅に減少し、今日では制御システムの事故の影響の場合にのみ発生している。慢性ベリリウム症は数週間から20年以上の潜伏期を有し、長期間にわたり、症状は進行性で重篤になることから、急性症とは異なっている。それは主として肺に影響を及ぼし、典型的な特徴は、運動による呼吸困難・咳・胸痛・体重減少・全身衰弱を伴う肉芽腫炎症である。その他の臓器への影響は、全身的影響よりむしろ二次的なものであろう。潜伏期間の大きな差異および量-反応関係を欠く点は、2μg/m3程度の濃度の暴露を経験した感作された個体においては、今日でも発生するであろう。

研究計画および実験手技の一部の欠陥にもかかわらず、各種動物におけるベリリウムの発がん作用は確認されている。

いくつかの疫学研究では、ベリリウムの職業的暴露による肺がんリスク増加の証拠を示している。これらの結果に対しては、多くの批判があるが、入手し得るデータは、暴露作業者において認められる肺がんの増加に対しては、ベリリウムは最も可能性が高いとの結論に導いている。

9.2 環境への影響

水生および陸生生物への影響を含む、環境内でのベリリウムの運命についてのデータは限られている。表層水中のベリリウム・レベル(μg/lの範囲)および土壌中のそれ(mg/kg乾燥重量)は通常は低く、環境への影響はないであろう。

10.勧告

1. ベリリウムの発がん性について、動物種および化合物の特異 性(specifity)を重視した実   験動物による吸入毒性研究の適切な実施が 必要である。

2. ベリリウムの免疫毒性のメカニズムの研究が必要である。

3. ベリリウムの輸送および細胞と細胞核との結合の分子メカニズムを含 む、発がん性メカニズムの研究を実施すべきである。

4. 分析方法の改善および精度管理の適用が必要である。

5. 世界各地を原産地とする食品・飲料水・タバコ中のベリリウム含有量 について、信頼し得るデータが必要である。

6. 作業場においては、ベリリウム濃度の定期的モニタリングを実施すべ きである。

7. 感作された個人を確認するために、リンパ球転換試験(LTT)の利用を考慮すべきである。これらの人々は、今後のベリリウム暴露から永久に隔離されるべきである。

8. 生体組織レベルの生物学的利用能(bioavailability)および生体負荷につ いて、ヒトのデータが必要である。

9. ベリリウムの暴露および生体負荷を測定するため、選定されたヒトの小集団をモニターすべきである。

10. ロケットの固形推進剤および宇宙技術より放出されるベリリウムの寄与の程度を確認すべきである。

11. いかなる職種に従事している人でも、サルコイドーシス(類肉腫症)が疑われる場合には、未知のベリリウム暴露の可能性を考慮して、ベリリウム への免疫学的感受性が評価されるべきである。

12. イオン化ベリリウムの高度の感作性およびアレルギー性のため、ベリリウムの歯科補綴材料への使用は再検討すべきである。

※1に同じ

11. 国際機関によるこれまでの評価

国際がん研究機関ワーキング・グループ(IARC,1987)は、ベリリウムの発がん性を評価し、ベリリウムおよびベリリウム化合物類をグループ2Aに指定し、それらはヒトに対して発がん性を示す可能性がある、との結論を下した。その評価は次の通りである。

A.ヒトに対する発がん性の証拠(限定的)

ベリリウム暴露者の観察とレビューは、二か所の工場集団とベリリウム肺症登録制度を対象としている。米国におけるベリリウムの抽出・生産・加工工場の作業者の死因が、一般集団およびビスコース・レーヨン作業者集団の双方と比較された。二か所の工場集団における肺がん発生数(65件)と予測死亡数との比は、双方との比較において上昇していることが発見され(一般集団とは1.4(95%信頼限界で1.1~1.8)、ビスコース・レーヨン作業者とは1.0~2.0)、5年以内に雇用された作業者に集中する傾向が認められた。広範囲の場所(前記の二工場を含む)より収集されたベリリウム関連の症例より構成される米国ベリリウム症例登録制度からのデータでは、通常はベリリウムの高濃度暴露の後に発生する急性ベリリウム症に罹患した被験者中の肺がん死亡率の増加は約3倍を示した6件の死亡が発生、予測は2.1件で、発生と予測の比は2.9[95%信頼限界で1.0~6.2])。しかし、慢性ベリリウム肺症においては、そのような増加は見られなかった(1件の死亡が発生、予測は1.4件、発生と予測の比は0.7、95%信頼限界で0.1~3.7)。

B.動物に対する発がん性の証拠(十分)

ベリリウム金属、ベリリウム-アルミニウム合金、ベリル(緑柱石)、鉱石、ベリリウム塩化物、ベリリウムフッ化物、ベリリウム水酸化物、ベリリウム硫酸塩(およびそのテトラ水和物)、ベリリウム酸化物は、すべて、吸入あるいは気管内注入により暴露されたラットに肺腫瘍を発症させた。一回の気管内注入あるいは1時間の吸入暴露においても影響が認められた。ベリリウム酸化物およびベリリウム硫酸塩は、気管内移植あるいは吸入によりサルに肺腫瘍を発生させた。ベリリウム金属、ベリリウム炭酸塩、ベリリウム酸化物、ベリリウムリン酸塩、ベリリウム珪酸塩、ベリリウム亜鉛珪酸塩は、すべて静脈内および、または骨髄内投与後に骨肉腫を発症させた。

C.その他の関連データ

ベリリウムおよびベリリウム化合物類の、ヒトにおける遺伝的およびそれに関連する影響のデータは入手できない。

ワーキング・グループは、水溶性のベリリウム塩類について入手し得るすべての実験研究の検討を行った。ある実験では、ベリリウム硫酸塩は、ヒトのリンパ球およびシリアン・ハムスター細胞のin vitro(試験管内)試験において、染色体異常および姉妹染色分体交換の発生頻度を増加させた。しかし、他の研究では、ヒトのリンパ球においての染色体異常は認められなかった。また、それはいくつかの試験系において齧歯類の培養細胞に変換を生じさせた。さらに、ある実験では、ベリリウム塩化物は培養チャイニーズ・ハムスター細胞に突然変異を誘発した。また、ベリリウム硫酸塩はin vitroのラット肝細胞における不定期DNA合成、酵母菌における有糸分裂組み換え、細菌における突然変異などを誘発することはなかった。ベリリウム塩化物は細菌に対し変異原性を示した。