ワークショップ
このままでは歯科技工士がいなくなる!
―あすの歯科医療 未来への提言―
北海道歯科技工士会会長
杉 岡 範 明
言うまでもなく、歯科に携わる職種には歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、材料・機材関連商社等があり、それぞれが国民歯科医療の充実発展に日夜貢献しています。
しかし、私も歯科技工士でいながら、実は、歯科医師、歯科衛生士等の社会的環境については、あまりよく知らないと言うのが実情です。そこで、今回、歯科技工士の現状を客観的に報告し、相互理解の一役になればと思っています。
1.歯科技工士を取り巻く環境について
1)人的動向
日本の少子高齢化は急速に進んでおり、平成20年の18歳人口は約124万人で、ピーク時から比較すると約6割に過ぎないと報告されています(図1)。さらに、高卒者の進路状況は(専門学校を含めた、大学等の進学率)平成20年には52.8%に達しています。
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(図1)
一方、就職率は19.0%で、就職も進学もしていない者は4.9%であったと報告されています(参考文献1)。先日、文部科学省の学校基本調査の速報値が報道されていましたが、18歳人口はさらに減少し、121万人でした。
このことから、大学等の進学率は増加傾向ですが、そもそもの18歳人口が減少していることから、各教育機関は定員割れを来たしているのが実情です。
歯科技工士養成機関等の状況を見ると受験者数は平成11年のピーク時から比較すると平成19年は2,749人減の1,951人、率にして59%もの減少で、入学者数も平成11年のピーク時から比較すると平成19年は1,316人減の1,632人、率にして45%の減少でした(図2)
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(図2)
まさに危機的状況であると言っても過言ではありません。
平成18年の全国の就業歯科技工士数は35,147人でしたが、その就業歯科技工士の年齢構成は、厚生労働省の衛生行政報告(参考文献2)によれば、45歳以上は増加傾向で、30歳未満は減少傾向であることが示されています。特に、直近の8年間を比較すると30歳未満は、平成10年には25.4%であったものが、平成18年には16.3%に減少しています。また、45歳以上は、平成10年の28.8%が平成18年には47.1%にまで増加しています。
このままいけば、早晩、間違い無く現役歯科技工士数は半減することになります(図3)
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(図3)
これらの歯科技工士の就業場所は、歯科技工所で就業している者が66%(23,438人)、病院・診療所に勤務している者が32%(11,140人)、その他、材料メーカー、教育機関等に勤務している者が2%(569人)となっており、もともとは、病院・診療所に勤務していた者が主流でしたが、平成4年からこれが逆転し、歯科技工所で就業している者が全体の7割近くになっています。
また、図4は就業歯科技工士と歯科技工所数を表していますが、歯科技工士は減少しているにも拘わらず、歯科技工所は増加するという傾向にあります。その歯科技工所の規模は、歯科技工士が1人の歯科技工所が29%、2人の歯科技工所が40%と全体の7割が1~2人で行っている歯科技工所ということになります(図5)。
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(図4)
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(図5)
このことから、日本の歯科技工所の特徴である小規模経営はますます増加していることが伺えます。
更に、歯科技工士法で義務付けられている歯科技工所の管理者の経験年数は、最多が21年~25年(25%)、次に26年~30年(22%)、そして、31年~40年(20%)ということですので、管理者の高齢化も伺える状況です。
2)就労環境
次に歯科技工士の就労環境(労働時間と賃金)を見ますと1週間の労働時間は、勤務者と自営者合わせた歯科技工士全体では65.6時間と前回調査(2003年)より4.8時間の増加です。また、勤務者の26.6%、自営者では51.1%の者が週71時間以上の労働時間で、更に、自営者の12%は101時間以上の労働時間であったと報告されています(図6)。
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(図6)
そして、賃金を歯科技工士全体の平均年収で見てみますと43.5歳で436万円、平成12年と比較すると16%の減少です。勤務者と自営者別では、勤務者の平均年収が38.5歳で392万円、自営者の平均年収は50.7歳で502万円です(参考文献3)。
ただし、これは、先ほどの長時間労働の対価ということになりますので、自営者のほぼ半数は法定労働時間の2倍働いていることから、決して妥当な金額ではないと思います。
また、図7は他の医療技術者と月額給与で比較したグラフですが、ほぼ全ての年齢において、診療放射線技師、理学療法士よりは低く、臨床検査技師よりは若干良いという状況であります。特に診療放射線技師と比べると平均で35,426円の差があり、48歳~52歳では57,153円と最も大きな開きがあります。
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(図7)
次に、歯科技工士求人数と就業者数ですが、求人数は16,662人、求人件数は5,756件、就業数は1,579人で約10倍の開きがあり、明らかな売り手市場ということになります(図8)。ただ、各教育機関に重複して求人していることも考えられますので、実際はこれほどまでの大きな差はないと推測されますが、現実に関東、近畿地方の大都市では求人しても歯科技工士の応募がないという状況だそうですので、今後、歯科技工士不足の傾向は顕著になるものと思われます。
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(図8)
また、歯科技工士免許取得者数の推移は、直近の10年間で24,635名の免許取得者がいることになります。しかし、免許取得者数と就職者数からその離職率を推計すると25~29歳では74.9%(平成16年比4.9%増)、 25歳未満では実に79%(平成16年比0.2%減)となり、免許を取得しても実際は3割も就労していないという結果であります。
これらのことから、歯科技工士養成機関等は閉校、閉科が相次ぎ、この7年で11校が減少し、今春は61校となりましたが、それでも定員充足率は62%にしかなっていないということです(図9)。
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(図9)
3)歯科診療所等の動向 次に、私達の仕事の基になっている歯科診療所等の状況を見ますと、歯科医師数は平成2年には、72,000人であったものが、平成18年には97,198人に増加しています。また、人口10万人当たりの歯科医師数も昭和57年には47.5人であったものが、平成16年には72.6人で52.8%の増加になります(参考文献5)。
新聞報道によれば、1985年に厚生労働省が示した歯科医師の適性数は人口10万人あたり50人とされていましたが、2004年の全国平均は74.61人で北海道は76.6人、更に、札幌市は103.5人と適性数の2倍を超えた過剰な状況であるとされていました。歯科医師1人当たりの人口推移をみても平成16年には昭和57年からの比較で34.5%の減少ということになります。
また、国民医療費は微増しているにも拘わらず、歯科診療費は減少傾向です(図10)。
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(図10)
これにより、歯科診療所等の診療収入は明らかに減少している状況です。
以上のことから、歯科診療所等の経営を考えると、益々、歯科技工士にとっては厳しい環境であると言わざるをえません。
また、今春、全国17の私立歯科大学、歯学部のうち6割強の11校で、入学者が定員割れを起こしていると報道されています。さらに、歯科衛生士も全国の56.8%の教育機関で定員割れをきたし、特に北海道は全校で定員割れでした。
何よりも残念なことは、それぞれの将来を担う世代に魅力のない職業であると思われていることです。早急に歯科界が一体となって、対策を講じることが必要です。
2.歯科技工物の海外委託について
1)国外で作成された補てつ物等の取り扱いについて
海外、特に中国で作成された歯科技工物について様々な報道がされていますが、厚生労働省は、平成17年9月8日付(医政歯発第0908001号)『国外で作成された補綴物等の取り扱いについて』(参考文献5)を厚生労働医政局歯科保健課長通知として各都道府県衛生主管部(局)長あてに出しています(図11)。
また、平成17年および18年にこの通達に関する政府答弁がなされ、
①保健適用の歯科技工物の海外委託は不可。
②歯科技工物をどこに委託するかは歯科医師が歯科医学的知見に基づき適切に判断し、当該歯科医師 の責任の下、安全性に十分配慮した上で実施されるべきものである。
③国外で作成された補てつ物等を歯科医師が患者に供する場合は、患者を治療する歯科医師が歯科医 学的知見に基づき適切に判断し、当該歯科医師の責任の下、当該患者に対する危害の発生防止に十 分配慮した上で実施されるべきものであるため、国内で作成された補てつ物等と同等の品質および安全 性を担保するための検査を行っていないものである。
④補てつ物等によって患者の健康に害が生じた場合には、民法等に基づき個々の歯科医師に損害賠償 が行われる場合がある。が確認されています。
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2)歯科補綴物の多国間流通に関する調査研究
平成21年4月に日本で開設されている歯科診療所で取り扱う海外で作成された補綴物の流通について、受注側と供給側の視点からその実態を明らかにすることを目的に厚生労働科学研究「歯科補綴物の多国間流通に関する調査研究」(参考文献6)(主任研究員:新潟大学大学院医歯学総合研究科教授:宮崎秀夫)の平成20年度総括研究報告書が出されました。
その結果、海外に補綴物作製を発注する割合は7.4%と低く、その発注先は中国(71.3%)で、ノンクラスプ義歯(78.0%)が最も多くを占めていました。
ノンクラスプ義歯が多くを占めていることについては、2008年5月に厚生労働省から認可されたので、それ以前に発注したためと考えられ、発注割合はさらに減少しているものと推定されます。
このことは海外に歯科技工物を発注している理由(図12)の中で、「国内で作製する技術・材料がない」が最も多く占めていたことからも裏付けられ、報道されているほど、実際は歯科補綴物の海外発注は行われていないと思われます。
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(図12)
また、海外に歯科補綴物を発注する予定はあるかとの質問(図13)にも「発注する予定はない」が83.8%を占めており、報告書の中でも「日本には、世界的にまれな歯科技工士の免許制度があることや、海外で作成された歯科補綴物の取り扱いに関するいわゆる平成17年通知が抑止力となり、歯科補綴物の海外委託は拡大していないようである。この平成17年通知は、国内で作成された歯科補綴物は対象外であり、臨床現場での患者に与える心理的影響は大きい。今後も日本では歯科補綴物の海外委託市場の急速な拡大はないと考えられる。」とされており、国民歯科医療の安全と安心を確保する上でも、冷静な対応が必要です。
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(図13)
3.終わりに
図14は主な国の歯科技工士教育の状況ですが(参考文献7)、世界的には、歯科技工士教育は決してスタンダードではありません。その中でも日本の歯科技工士教育は先進的で、昭和30年の歯科技工士法制定以来、多くの歯科医師が教授陣となって歯科技工分野を担う医療技術者の育成に努めてこられました。その結果、今や日本の歯科技工士は世界で活躍しています。しかし、報告したとおり、歯科技工士を取り巻く環境については、危惧される状況であることが客観的データーからも読み取れます。今回、「このままでは歯科技工士がいなくなる」と刺激的な題にさせて頂きましたが、決して、非現実的なことではなく、早急な対策が必要であると思っています。なぜなら、日本で歯科技工を業として行うことができるのは、有資格者である歯科医師と歯科技工士のみとされており、現在の歯科医療システムを考えると歯科技工士の存在なくして、円滑な国民歯科医療の確保は保証できないからです。
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近年、いくつかの全身疾患は口腔内環境の悪化が影響を及ぼしているということが証明されてきました。まさに、健康は「歯」からであります。私達歯科技工士も引き続き、歯科医療の一分野を担う医療技術者として歯科医師の指示の基、この職業に誇りと責任を持って従事していく決意であります。
歯科技工士が国民にとって最も重要な医療福祉の分野で生きがいを持ってその使命を果たせるように、本会会員に変わらぬご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
※文中の「補てつ物」と「補綴物」の表記違いについて:厚生労働省等の資料の引用については原文表記として「補てつ物」を使い、筆者の文章中は慣用語句として「補綴物」を使用しました。
参考文献
- 文部科学省:学校基本調査.平成20年度
- 厚生労働省:保健・衛生行政業務報告.平成20年度
- 社団法人日本歯科技工士会:歯科技工士実態調査報告書.2006
- 厚生労働省:医師・歯科医師・薬剤師調査.平成18年
- 厚生労働省医政局歯科保健課長通知:医政歯発第0908001号.平成17年9月8日
- 厚生労働科学研究:歯科補綴物の多国間流通に関する調査研究.平成20年度
- 新歯科技工士教本:歯科技工概論.全国歯科技工士教育協議会編.2009